傘では防げない、雨がある。

放射能の雨(使えないやつ?)
2月 25th, 2012
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傘では防げない、雨がある。まさにそれは、いまこの瞬間も降り続く放射線のこと。なんで原発は爆発してしまったのか、なんで原発は増えてしまったのか、誰も止めなかったのか。
このページでは、原子力発電所そのものについて、まとめました。

*もくじ

1. いま、原発を作っている場所
2. 原発を作られる地方の、儲け
3. せめて正しくはなくとも間違いではないもの


祝島というちいさな島があります。山口県の上関町、瀬戸内海に浮かぶ人口500人ほどの、ほんとうにちいさな島です。祝島の向かい側、美しい透き通った海を挟んで3km先に、いま原子力発電所が建設されています。名前は、中国電力上関原子力発電所。

祝島ではもう30年以上も、原子力発電所の建設に反対する運動が行われています。その反対運動は映画や雑誌で取り上げられて有名になっているので、知っている人も多いかもしれません。

そんな反対運動があるにも関わらず、祝島が属している上関町では、いつも建設推進派の町長が選挙に勝ってしまいます。だから、建設は進んでいくばかりなんです。もちろん、福島第一原子力発電所事故のあとにも、建設は続行されているし、選挙では推進派の町長が大差で勝っています。なんでそんなことになるのか。それは、たくさんのお金が、この町に落とされているからです。

たとえばこんな話が印象に残っています。私が祝島で出会った、とあるおばあちゃんのお話です。ダムも作れないようなちいさな祝島では、渇水がよく起きます。そのときには本土から水のタンクを買って持ってこなくちゃいけない。その値段は3,400万円。「そのお金、誰がだしとると思う?中電さんじゃけ」。おばあちゃんはそう言っていました。2010年だけで渇水は3回、それってすごいことですよね。

上関町の漁師たちも、補助金を大量にもらっているといいます。原発関連の補助金のお陰で町は整備されるし、反原発運動を見に行く観光客や活動家、工事関係者やマスコミは、ちいさな上関町や祝島にお金を落としている事実もある。

上関町は、最寄り駅からバスで1時間ほどにある、ほんとうになにもない町です。祝島はそこからさらに、フェリーで30分かけていかなくてはいけません。つまり、過疎地です。原発が建設されなければ、なにもない町なのです。原発建設予定地の周りに住んでる人はほとんどいない、町もやっぱり活気がない。ああ、「こういうところに原発を作るんだな」っていうのがよくわかる町です。

上関原発の建設を中止したら、町はどうなってしまうんでしょうか。話を聞いたおばあちゃんは言っていました。「原発がなくなったら、祝島は夕張よりひどくなってしまうよ」と。原発があったらあったでよいこともある、なくなるとなくなるで困ることもある。それは原発を建設しようとしているせいでもあるし、原発を建設しようとしているおかげでもある。そういう隠れた事実がわかっているからこそ、選挙で推進派が勝ち続けているのかもしれません。単純には語れない「反原発」がそこにはあったのです。

「そんなことはわかっている、お金を餌に原発を作るのは駄目だ」という主張もわかります。でも、そうでもしないと町がなくなってしまうという現実だって、確かに存在している。いちがいに原発が悪いとも言い切れないし、電力会社や政府が悪いともいい切れない。過疎化、都市と地方の格差、都市に住む人たちとそれを支える農家や漁師の人たち…。数え切れないほど大きな構造的問題が、原発問題には隠れているんだなと、私は思っています。

上関のタクシー運転手には「福島のアレで反原発になって来たんじゃろ?」と言われたんだけど、一概に「はい!」とも言えない自分がいました。祝島のおばちゃんに「あんたらは映画やネットで祝島のいいところしか知らんじゃろ、いろいろあるんじゃ」と言われて、複雑な気持ちになりました。原発をどこかに作っている間も、原発がどこかで動いている間も。そして原発に反対している間も、「原発」という存在に隠れている人たちのことを、自分がいかに考えていなかったのか、改めて気が付かされた瞬間でした。

何がただしくて何がいけないのか、是か非かで語ることの危うさや、そうすることで無視してしまうことの大きさ。当たり前なんだけれども、忘れがちなことたち。もう少し、私たちはそういうことを思い出す必要があるのではないでしょうか。

日本に現在存在する54基の原子炉の多くが、都心から離れた過疎地域に建設されています。
今回、事故がおきた福島第一原子力発電所のある福島県双葉町もそうした地域の一つです。

過疎化が進み、財政難に苦しみ、農業や漁業が中心で、これといった産業も発達していない地域にとって、莫大な資金を一気に得ることのできる原子力発電の受け入れは願ってもない「おいしい話」なのです。

実際、双葉町は、原発があることで2010年度には、約20億円の交付金が支給されており、それは、その年の双葉町の歳入総額61億円のおよそ三分の一にあたります。

また、原子力発電所がある地域の多くは、住民の多くが、原子力発電所やそれに関係する仕事に就いているのです。

原子力発電所と自分の生活が直接結びついている人たちにとって、事故が起きたから、危険だからという理由だけで、すぐに原子力発電から離れることはできません。

私は、そこに本当の恐ろしさがあるように感じます。
抜け出したくても抜け出せない。逃げたくても逃げられない。
反対したくても反対できない。
お金がすべてではなくても、この社会はお金がなければ生きていけない。
そんな弱みに付け込んで、原子力政策は進められてきたのです。

戦争は国策だ。原発は国策だ。

国が進めた戦争によって多くの命が奪われ、広島長崎に原爆が落とされた。
そんな悲劇の国策が終わってから65年以上たち、この国は再び、国策の悲劇に苦しめられています。

今回の事故で政府や東電の責任は大きい。
しかし、「国策」だからで素通りしてきた、私たちにも少なからず責任があることを忘れるわけにはいけません。

「政府は何をやっているんだ」「東電の責任だ」そんな言葉ばかりがあふれかえった社会では、結局個人は思考停止に陥り、同じ過ちを繰り返しかねないのです。

だからこそ、これからの未来は、国民一人ひとりが自ら考え、自ら選択していく主体性が必要になってくるのだと私は思います。

*参考
http://www.asahi.com/politics/gallery_e/view_photo.html?politics-pg/1219/TKY201112190674.jpg


 
わたしが「たった、5kg」の3つ目の記事『食卓の安全は守られているのか?』でも書いた、” 医学的には、約100mSv(ミリシーベルト)以上の蓄積がなければ発がんのリスクは高まらず、症状もないとされています。”という一文。
もしかしたら、これには何の根拠もないかもしれません。
 
そのことを象徴する、ある事実があります。場所は、完全に脱原発へと踏み切ることを宣言した、ドイツ。そのドイツで、1980~2003年という長い期間をかけて、ある調査が実施されていました。その調査とは、原発周辺に住む子どものガンの危険性を、国を挙げて調べるというものです。
 
このドイツの核施設周辺での放射線許容量は、0.3mSv/年。実際の汚染はこれよりも低く、5 km周辺の50才の人で0.00009から0.0003200mSvの間でしたので、冒頭の100mSvとは比べものにならないほど低い放射線被ばく量であることがわかります。
 
そうした状況下で行われた調査の結果、わかったことは、「ドイツの原子炉がある場所の周辺では、子ども(幼児)が白血病にかかる率が高い」ということ。この結果は統計的にも信頼でき、かつそれは1カ所ではなく、調査対象となった16基41市町村すべての地区で同様の結果が得られました。さらに注目すべきは、この調査は国の機関(ドイツ連邦放射線防護庁)が主体となって、さらに原発推進/反対派の両者も加えて実施された、信頼性がとりわけ高いものだということです。
 
原発の近くに住むと、白血病にかかる率が高い。こうした結果は、同様にフランスでもみられます。フランスの国立保健医学研究所(INSERM)が、2002〜2007年に国内の原発19カ所の5km圏内に住む15歳未満の子どもを調査したところ、白血病の発病率が通常の2倍となっていたことが最近になって発表されています。
 
放射線量が低いにも関わらず、こうした悪影響が引き起こされる原因としては、「放射線被ばくが多いか少ないかに関係なく放射線が細胞の分子結合を切断・破壊する」といったものから「自然放射線と人口放射線とではそもそも性質が違う」というものまで、様々な議論がなされています。少なくとも、医学で用いられる100mSvというしきい値は、ひょっとしたら意味をなさないものなのかもしれないのです。
 
正直わたしは、何が正しいのか、何が信じられるか、よくわかりません。
しかし、多くの人は、実際は同じような状況なのではないでしょうか。わからない面倒臭さが無関心を生む一方で、わからない恐怖が反発を生み、メンタルヘルスをも悪化させるといった悪循環を生んでいるのではないでしょうか。
 
それなのに、「知らないこと」や「わからないこと」、「間違うこと」があまりにも非難され統制される風潮だから、自分の意見を持つことや他人の意見に耳を傾けることが随分と難しい世の中になってしまったように思います。
 
わたしはこれまでネットの情報だけを頼りに記事を書いてきましたが、正しいことをいえているとは思いません。でもそれが、議論を生んで、多くの意思や視点を集めて修正されていくことで、なんとなく正解に、なんとなく間違いではないものに近づいていく気がしています。
 
それには、間違ってもいいから、発端となる自分の意思が必要だと思いました。
そしてそこに、他人の意見を尊重し、自分の意見が尊重される環境で、他人の間違いを許し、自分の間違いを認められる心を持って人が集まれば、この放射線被ばくや原発に関しても、間違いではない知見が生まれ、共有されるのではないかと思っています。

*参考
http://www.priee.org/modules/pico2/index.php?content_id=12
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPTYE80B01H20120112
http://healthy7755.com/atom/cat8/cat9/
http://synodos.livedoor.biz/archives/1775324.html
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/4598459.html
http://ameblo.jp/isseiishida/entry-10819818986.html


ここまでで書かれたのは、3人の3つの視点。
あなたの4つめの視点は、なんですか?


2,511 Comments:

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